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神社へ向かう道神楽 |
したがって、古座流の獅子舞の起源を奈良期や南北朝期としている口碑は妥当ではなく、伊勢太神楽と内容が多く類似しているところからみて、江戸時代になって伊勢から導入し、現在の形式に整えられたとみるべきでしょう。なお、古座流は明治末期までは歌(全国の主要神社名を折りこんだもの)があり、笛・太鼓の伴奏によって演じましたが、現在は歌はありません。岡の獅子舞も同様で、昔は歌があったといいます(「岩田村誌」)。
さて、岡の獅子舞について、むかし、大旱魃があったとき、田中神社に雨乞いのため、人身御供の少女を神社の池の主に捧げることになり、獅子が道中神楽で少女を送ったという伝説があります。あるいは、これは佐野流の獅子舞のことを伝える話であったかもしれません。
ところで、宵宮には早朝から氏子の家を一軒毎回って「門まわし」を舞います。本祭りの日は、獅子宿から神社への渡御のとき、雄雌の獅子が天狗とお多福に先導され、二頭の獅子は前後にならび、頭を高く掲げで前後左右を睨みまわしながら、道神楽の曲によって道中を舞い進みます。このとき、獅子の口を帯のような長い布で結んでいますが、このような例は他所でも見られます。したがって獅子の口を結ぶことと、田中神社の人身御供との係わりは、まず、無いと考えられましょう。
神社では祝詞奏上に次いで幣の舞が奉納されます。次にしゅでの舞・剣の舞(みつ)神楽頭(かぶらかえし)と続き、大神楽まで夫々独立した5つの神楽舞になっていますが、社殿では神楽頭まで奉納し、大神楽以下は広庭に下りて舞います。
次に花一連の舞に移りますが、これ以下は一つの物語を持っています。花の舞は次の6つに分れ、変化に富んでいるため笛の音色がむつかしく、伝承の最も困難な部門とされています。(1)うかれ獅子 (2)花がかり (3)乱れみつけ (4)花たわむれ (5)乱獅子 (6)花うかりの舞《この舞は(イ)花うかり(ロ)寝うかり(ハ)七五三(ニ)寝入り、と舞の名が残っていますが、通常一括して「花うかり」とされています》。
次に天地万象陰陽二十八宿の舞です。これには天狗・お多福・チャリ(ひょっとこ)が登場します。この種目は、大正頃から最後に舞うことに改められ、また、下うかり・かじ笛・ごしゃく・残(乱)獅子の順番も、かじ笛・ごしゃく・残(乱)獅子・下うかりの順に舞うようになりました。
このほか、舞は無く、笛・太鼓だけ奏する庭(俄)神楽が伝えられています。
岡の獅子舞は、時代の推移とともに幾分か略されて今日に及んでいますが、20余通りの種目を伝えています。地元ではこの伝統ある郷土芸能の保存継承に地区をあげて努めています。
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