●上富田町の民具となりわい 

      トップ> 上富田町文化財教室シリーズ


 1.上富田町郷土資料館の民具コレクション

 上富田町教育委員会(以下教育委員会)が所蔵する民具は、その内容と規模において県内で最も充実したコレクションのひとつで、西牟婁地域では最大の資料群である。上富田町を中心とする、いわゆる口熊野と呼ばれる地域の民具調査は、全国的に民具保存運動が盛んになる昭和三〇年代に本格化した。その成果が「熊野中辺路文庫」シリーズとして、現在も地域史研究に活用されているが、ここでは多くの地元の郷土史研究家が、それぞれの得意分野において地域住民とのネットワークを十分に活かしながら調査成果をあげている。このシリーズの第六巻にあたる『熊野中辺路 民具』(註1)は昭和四九年に公刊されたが、旧田辺市・上富田町・旧中辺路町・旧本宮町の民具が調査・収集され、概説とともに掲載されている。項目は、

 住民用具  飲食・調理用具  服装具  農具
 山林用具  漁具  加工・職人用具  畜産用具
 運搬用具 10  交易用具 11  信仰・その他  

の、計11項目に区分され、衣食住など日常生活と生業・諸職をバランス良く紹介している。そのなかでも、例えばこの地域の独特の民具であるカタゲウマ(備長炭の原木運搬具)を表紙で扱い、イタミ(スギ板製の箕)やイドコ(ヒノキの薄板の籠)、カズラフゴ・カズラカゴ(蔓製の畚・籠)を掲載するなど、民具の地域性を理解しようとする問題意識も強く感じられる。地域名称をそのまま民具名称とするものと、一般名称を採用するものが混在するなど、恣意的な呼称の選択が見られるものの、現地での聞書きから使用法について解説するなど、一般にも分かりやすい内容となっている。ここに掲載された民具の一部は、現在、旧朝来小学校校舎を活用した上富田町郷土資料館(以下郷土資料館)や田辺市の旧本宮町山村開発センターの民具展示コーナーに保管されているが、所在のわからないものもいくつか見られる。また本書調査時点で、現地での撮影のみを行い収集を見送った資料の中には、現在も地域住民が自宅納屋に保管している資料もあり、資料散逸防止のためにも緊急の収集・保管が望まれる。

 この熊野中辺路刊行会による調査や、熱心な郷土史研究家による追跡調査を下地として行われた、上富田町域の民具調査の成果が、『上富田町史 史料編下』(註2)に掲載されている。本書は自然科学、考古学、民俗学の調査資料、および町域の指定文化財に関する基礎情報を合冊したものだが、「第三編 民俗」のなかに、「第十三章 民具」という民具調査の成果を報告する章を独立させて設けている。六〇頁余にわたって民具について記述する自治体史は近畿地方でも数少なく、現在でもこの地域の民具調査の基礎資料となっている。

 このように口熊野から中辺路周辺の地域において、県内でもかなり早い時期から民具調査と収集活動が始められ、総合的な視点からのコレクション形成が進められた点は特筆するべきである。とりわけ郷土資料館の民具コレクションは、当該地域の農山村の生業と衣食住に関する生活用具の基本的な構成を民具から理解することのできる一括資料であるところに価値を見出すことができる。本稿では、県内の他地域との比較から見出せる、口熊野と呼ばれる上富田町周辺地域の民具の特色を概説してみたい。

1 熊野中辺路編さん委員会編 『熊野中辺路 民具』 熊野中辺路刊行会 1974

2 上富田町史編さん委員会編 『上富田町史 史料編下』 上富田町 1992