●上富田町の民具となりわい 

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 6.まとめ

 冒頭でも述べたように、当地域では比較的早い時期から民具収集が始められ、同時にそれらの使い方に関する聞書きも進められてきたため、現在残されている民具は、今後の地域研究のための、重要な資料として活用されていくであろう。その意味でも、資料の保存は重要な課題である。

 こうした民具を実際に使用してきた人々は、すでに高齢となっている。上富田町史その他の調査成果を基礎に、今後は個別テーマにおける聞書きによってさらに情報量を増やす必要がある。それと同時に、保存されている民具の物質的側面からの調査研究も必要で、基礎資料を基に他地域との比較研究をすることによって、この地域の歴史・民俗の理解も深まり、文化的に魅力ある地域像を描くことにつながるであろう。

 また、こうした民俗・民具調査と同時に、道具の製作技法や道具を使う技術についても、記録・継承していく必要がある。筆者は以前、上富田町岡地区において、祭で使用されるオバナチと呼ばれる頭上運搬具の製作技法を、地域の方々から教えていただいたことがある(写真15)。オバナチは女子が神饌を頭上に載せて神前に供えるために使う特殊な民具である(写真16)。調査の席には、地域の比較的若い世代の方々も同席され、民具調査が結果的に技術継承の機会のひとつとなったそうである。モノの製作技術や使用技術は、いったん失われると再生させることは難しく、復活させたとしてもそれが元のあり方を正しく継承しているかどうか疑問を払拭できないものである。民具を物理的に保存するだけでは不十分で、それを実際に作る・使うために庶民が生活の中で育んできた技術を同時に伝えていかなくてはならない

 学校教育・生涯学習の現場で、博物館施設に残された民具や、地域の人々が体得している知識や技術を、どう活用していくか、民俗研究に加えて、活用・実践のための様々な試行錯誤が求められている。上富田町においては、郷土資料館の資料を核にして、いろいろな可能性を模索することが出来るであろう。

   

○執筆:加藤 幸治 

      (和歌山県立紀伊風土記の丘 学芸員)