●上富田町の地名  −無形文化財としての地名

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 地名の発する情報をキャッチするには?

 上富田町は平成の大合併では全く沈着であったが、いつまでもこのままでいるわけにもいかないだろう。もし、田辺市と合併でもするということになれば、かなり広域な行政域になってしまう。現在のような広域行政になれば、現地に行ってもなかなか語源探索の手がかりすらつかめない場合が出てくる。

 たとえば長野は善光寺の門前町から発展した「緩やかな坂」の意を持つ町であるが、この地名は門前町の範囲に止まらず、行政的に拡大し、町に、市に、県名にまで発展していった。成長著しい地名である。ただこのような地名は珍しいものではない。さらに例を挙げれば、若浦付近に起った若(弱)山の地名が、城下町の地名として採用され、やがて、「和歌山」と名を変え、周辺町村を編入しながら拡大し、県都に昇格し、県名にまで拡大している。隣の田辺も同じく拡大した広域地名である。そうなると、現地調査と称して、長野県の上田市に行って「長野」地名を探索してみても、串本町に行って「和歌山」の意味を探っても、本宮にいて、本宮の景観を見ながら、「田辺」という地名の意味を考えてみても、その語源がわかるはずがないし、徒労に終わるのが目に見え、無駄な行為をした、ご苦労様ということ以外言いようがない。

 このように地名探索は、現地調査が最も優れた調査手段であるといわれても、広域地名になればなるほど、その現地の選定を誤れば、かえって真実から遠ざかってしまい、にっちもさっちもいかなくなってしまうのである。そうなれば地名解釈は、ますます難解化し、わけのわからないこじつけで説明しようとするようになり、言葉の遊びにしかならない結果になってしまうのである。

 そこでどうすれば先人の、地名に託した情報を知ることができるのかということになるが、当り前のことしか言えないが、その地域の郷土史や地籍図、土地台帳等の書物や文献資料をもとに、国語辞典、方言辞典、全国の地名辞書、各地の研究家の論文を資料に加え、的確な地域を選定し、現地調査によって古老に再確認するより方法がないと考える。

 地名調査の基本について、語源学者の吉田金彦氏は著書『日本地名学を学ぶ人のために』(世界思想社刊)で次のように述べている。地名の語源探究の姿勢を「地名学」とすれば、単に歴史とか地理とか民俗とかの一つの学問からではほとんど究明できない。いろいろな学問の方法論を取り入れた学際的な取り組みが必要だとしている。そして氏の考えは、「地名の角錐体理論」という形で結実している。

 氏は「地名は地域を表し、同時にそこの歴史を担っているから、地理と歴史とを専有の対象として、同時に看取する。」と述べ、それらはすべて言語によって表されているのであるから、地理−歴史−言語の三者関係が成立し、この三角形が「地名学の最小限、必要な基本的モデルを示す」地名学の「三大因子」だとしている。

 一方で吉田氏は地名はすべて地理−歴史−言語の「三大因子」で解けるほどの「平面的に単純ではない」という。「人間の文化のジャンルに応じて」その三角形を基本にたくさんの分野が絡んでいると述べ、「地名の角錐体理論」の解説を、図を添えてしている。その図にすこし加筆したのが掲載図である。その図の研究方法をすこし解説すれば、もし、ある地名が民族的地名と判断すれば、図のP−A−B−Cの三角錐を基本に考察を加え、真実に迫ろうとするし、考古学的地名であれば、P−A−B−Fの三角錐からの究明にかかる。このような学際的考察を加えて地名の語源に迫っていくのであるが、やはりどの地名研究においても基本要素は「三大因子」であり、これを外して究明することは出来ないのである。

 たとえば、「岩田」は、「いはた」、という言語がまずそこに存在する。これだけでイハタの意味はわからない。『紀伊続風土記』にある「河岸厳険より起こる名」という説明がある。それを追認するためには、イハタの地形(地理)を現地調査によって探索し、「河岸厳険」に該当する地があるかどうか、もし無ければ災害にともなう伝承や記録が無いかどうか、さらにイハタがいつ頃から地域名として認識されたのかという歴史的な究明が基本になる。この言語・地理・歴史の「三大因子」の活用によっても解けない場合、他のアプローチからの接近が必要となる。たとえば、イハタは熊野大社かその他の神社の神田でなかったかということから、民俗学的なアプローチより考察を加えてみるとか、また熊野信仰との関係でたくさんの和歌も残されていることから、その和歌に聖地としてのイハタの認識が秘められているのではないかという発想をもって、宗教的見地からの究明をしてみることも必要である。このように学際的な方法論で究明しなければ、地名の発するさまざまな情報源にはなかなかたどり着けないし、近づくことも出来ない。