●上富田町の年中行事  

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 野施行
 野施行
 野施行

  生馬の有志の婦人たちは、いまも寒中の夜に集まり野施行のせぎょうをおこなう。三升三合三勺の米を炊いて、小豆飯や油揚げの小さい握り飯をつくり、それを神社の端や地蔵の横などに供え、木のかげやほら穴などにも置いて回る。狐や狸に与えようとするものである。

 これは、寒期に食べ物の少ないこれらの動物を思いやる気持ちの現れであり、また、寒中の自らの修行の意味も加わっているようである。

 野施行の握り飯をつくる時は、物を言わないものだという。一行は野施行と書いた提灯を二張ほど持ち、念仏を唱えたり、「お施行ですよ」と言って握り飯を置いたりしながら回り歩いてくる。

 この生馬の野施行には、俳人射場秀太郎氏の主宰する春風会の人々も参加するようになり、巡回が終って、生馬公民館で句会が開かれる習いになった。春風会編の『紀伊歳時記』(平成八年刊)には、「寒施行(穴施行、野施行)」の季語に「月連れて提灯つれて寒施行」(山田敏子)ほか十二人の十三句を並べている。

 野施行は、寒施行ともいい、一般の歳時記にも季語として出ているところをみると、全国的にこの行事のおこなわれる所のあることが知られる。

 雑賀貞次郎編『牟婁口碑集』(昭和二年刊)によれば、田辺でも以前旧家や富豪の家などで野施行をおこない、磯間の日吉神社、神子浜の神楽神社、湊の蟻通神社、稲成の稲荷神社、その他堤防などに、握り飯に油揚げを添え置いてきて、狐に施すものとしたということである。その後、日蓮宗信者におこなうものがあり、これを施行する際、法華経を唱えたという。

 上富田で生馬にだけ野施行がおこなわれてきたのは、町内一般に行われていたのがここだけに残ったというよりも、生馬地区にだれか提唱する人がいて始まったことかもしれない。

○参考文献

  上富田町史・資料編下 平成四

  朝来村郷土誌 昭和三七

  岩田村誌 昭和九

  生馬郷土史・小学校百年史 昭和五五

  民俗文化財緊急調査報告書稿 昭和五三

        (岩崎・生馬・岡・市ノ瀬)

  熊野中辺路・歳時記(くまの文庫) 昭和四六

  熊野中辺路・民俗(くまの文庫) 昭和六〇

  田辺沿革小史記事本末(湯川退軒) 昭和四〇

  牟婁口碑集(雑賀貞次郎) 昭和二

  田辺市史・第十巻 平成三

  白浜町誌・本編下巻二 昭和六〇

  大塔村誌 昭和六二

  紀伊歳時記(春風会編) 平成八

  年中行事覚書(柳田国男) 昭和三〇

  歳時習俗語彙(柳田国男編) 昭和十四

  日本民俗大辞典(福田アジオ他編) 平成十一

○執筆:杉中浩一郎(紀南文化財研究会名誉会長)