●上富田町の森林 

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2.現在の森林植生

  町内の低・平地は住宅地や田畑となり、森林は残っていない。丘陵地にみられる森林も、大部分はスギ・ヒノキの人工林となっており、自然林(半自然林・代償植生を含む)は少なくなった。原生林は姿を消したが、それに近い良好な自然林は神社林などにわずかに残されている。そこで、現在残っている自然林や主な神社林などを紹介し、上富田町の本来の自然の姿を考えてみたい。
 (1)シイ林
 

 上富田町の丘陵地は標高600m以下なので、広くシイ林に覆われていたと考えられる。和歌山県のシイ林は、海岸沿いにスダジイ林が線状に生育し、内陸の丘陵地にはコジイ林が広く分布する。したがって、町内のシイ林はほとんどがコジイ林である。しかし、スダジイも標高400m付近から上の尾根部などに生育することがわかってきた。

 コジイ林は、岡川八幡神社(岡川)・八上神社(岡)・稲葉根王子(岩田)・春日神社(市ノ瀬)・救馬渓観音(生馬)・篠原八幡神社(生馬篠原)・矢倉神社(同)・日吉神社(生馬山王)等の神社林に良好な森林が残されている。その他にも、丘陵地のあちこちにコジイが優占する二次林が見られる。

 高木層にコジイが優占し、クロバイ・モチノキ・ヤブニッケイ・ヒメユズリハ・イヌマキなどをともない、亜高木層にはタイミンタチバナ・サカキ・ミミズバイ・カナメモチなどが目立ち、低木層にはタイミンタチバナ・ミミズバイ・ヤブツバキ・イズセンリョウ・マンリョウ・センリョウなどが多く、林床にはベニシダ・アリドオシ・ヤブコウジ・テイカカズラなどが目立つ森林である。八上神社・春日神社(市ノ瀬)にはミサオノキが見られ、カンザブロウノキ・ルリミノキ等も多く生育している。かつては、腐生植物やランなど、希少植物等が生育していた社叢もあったが、最近は見られなくなった。タシロラン・ナギラン・ムヨウランは確認しているが、アキザキヤツシロラン・ホンゴウソウなどは見られなくなった。

 また、最近の調査で、スダジイが内陸の斜面上部や尾根に生育していることが確認できたので、報告しておきたい。

 仏の森のスダジイ巨木
 仏の森のスダジイ巨木
 生馬篠原の西側山頂部(標高420m付近)には「仏の森」と呼ばれるシイの巨木の樹林が残されている。このシイが種子や葉・幹などの特徴からスダジイであることが確認された。これまでも、スダジイが標高400m付近の丘陵斜面上部や稜線に生育するという情報はあったが、コジイとスダジイの識別が難しく、確定的ではなかった。しかし、最近の調査で、麦小森山付近の稜線や、大辺路の富田坂(白浜町)等でスダジイがアカガシと混生するスダジイ・アカガシ群落が確認された。上富田町においても、仏の森や麦小森越え付近の稜線(生馬篠原の山頂部)、大森山(汗川と鮎川との境界)、および、生馬の南側稜線(白浜町との境界)など、いずれも標高400m〜600m付近にスダジイの生育が認められる。さらに、紀南の各地でも同様の標高や立地にスダジイの生育が確認されつつある。仏の森や、麦小森越えのスダジイの巨木はこのような隔離分布の証拠となる大変貴重なものである。
 (2)イチイガシ林・タブ林
 イチイガシ巨木(日吉神社・生馬山王)
 イチイガシ巨木

(日吉神社・生馬山王)

 イチイガシは東海地方以西の低地、山脚部や河岸段丘に生育するとされているが、この部分は人の生活領域であるため開発が進み、自然林はほとんど姿を消した。町内では、イチイガシは神社林などにわずかに見られるが、少ない。イチイガシは日吉神社(生馬山王)・地主神社(生馬篠原)・岩田神社(岩田)・稲葉根王子(岩田)・八上神社(岡)・厳島神社(田熊)などに大木があり、日吉神社のものは胸高直径123.1cmの巨木である。同じように、生馬の大宮神社の社叢下部にも巨木があったが、道路の拡幅にともない姿を消した。また、八上神社では、社叢のコジイ林を取り巻くように山脚部に多く生育しており、イチイガシ林の成立をうかがわせる。このように、町内の神社林など、山脚部にイチイガシが点々と残っており、かつてこの領域にイチイガシ林がコジイと混生するように生育していたものと考えられる。

 タブ林は西日本の低地・平地の極相林とされているが、県内でもほとんど森林は残っていない。町内でも、かつては住宅地や田畑になっている平地にタブ林が茂っていたと思われるが、現在は全く残っていない。タブノキの単木は矢倉神社(生馬稗田)・岡川八幡(岡川)・八上神社(岡)などにもみられるが、タブ林は残っていない。

 しかし、春日神社(上田熊)には、外観が巨木な1本のタブノキにも見えるこんもりと茂ったタブの森がある。タブの大木が数本と、イスノキ・アラカシ・クロガネモチ・ケヤキなどが生育する樹木で、町内でのタブ林生育の証拠となる唯一の貴重なタブの森である。

(3)ウバメガシ林

 ウバメガシは崖地や岩尾根などに生育するが、町内の山地は比較的傾斜のゆるい丘陵地が多く、自然植生と思われるウバメガシ林はほとんど見られない。古くから薪炭林として施業されてきた代償植生としてのウバメガシ林が尾根筋などに点在している。立地的にはシイ林の生育領域であるが、高木層にウバメガシが優占する萌芽林で、ソヨゴ・ネジキ・リョウブなどをともない、林床にはコシダが優占する森林である。

(4)コナラ林

 コナラ林は、ウバメガシ同様に薪炭林として人為的に維持されてきた代償植生である。乾燥した斜面や尾根に見られるが、純林は少なく、ウバメガシをともなうことが多い。高木層にコナラが優占し、ウバメガシを混生し、リョウブ・ネジキ・ソヨゴなどの乾燥した二次林に生育する種をともなう。

(5)その他の森林植生

@アラカシ群落

 主に谷沿いの急崖地などに見られる、やや乾燥した二次林で、アラカシが優占し、コジイ・ネジキ・アセビ・サカキなどをともない、林床植生は貧弱である。

Aシラカシ林

 紀南では、明確なシラカシ林は確認されていないし、生育地も少ない。町内では、市ノ瀬汗川の奥にある厳島神社や、生馬の大宮神社に小面積ではあるがシラカシの樹林が見られる。近隣では、鮎川鉛山(旧大塔村)の中腹や、大内川(旧中辺路町)の厳島神社にも樹木が見られ、中辺路町の大川八幡神社にはシラカシの大木も多い。このように、シラカシは丘陵の中腹や山脚部の肥沃地に点在し、シラカシ林の成立もうかがわれる。

 また、今回の調査で、大森山(旧大塔村との境界)の西側斜面中腹のコナラ二次林の中に多く混生しているのが確認された。汗川の左岸上部の斜面で、コジイなどと混生している。これらのことから、シラカシ林がかつては比較的広く生育していたことも考えられる。生育領域は立地的にイチイガシと重なり、丘陵斜面下部で、コジイ・イチイガシなどと混生した森林が生育していたのではないかと考えられる。

 (6)川原や道端の植生
 ツルヨシ・オギなどが広がる河原
 ツルヨシ・オギなどが広がる河原
 上富田町は、富田川の中・下流域に位置し、比較的川原が広く、ツルヨシ群落が広く生育している。しかし、最近は川の水量が減って、水位が低下したことにより陸地化が進み、ススキ・オギ・セイタカアワダチソウなどの丈が高い草本群落や、メダケ群落・ヤナギ群落等も増えてきている。また、市ノ瀬から生馬付近にかけての土手にはハチク群落がよく茂っている。
 川の土手や道端には、チガヤ・イタドリ・ヨモギなどの群落が広く見られたが、最近は草刈りなど継続的な手入れがされなくなり、ネザサやクズに覆われたり、アメリカセンダングサ・セイタカアワダチソウなどの外来植物が多くなった。外来植物は、道端や田んぼ、畦などにもメリケンカルカヤ・セイヨウタンポポ・ツボミオオバコ・コメツブウマゴヤシ・アメリカフウロなどが勢力を広げ、種類も多くなってきている。反面、ツマグロキチョウの食草であるカワラケツメイはほとんど見られなくなった。