●上富田町の森林 

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3.主な神社林

 (1)岡川八幡神社(岡川)

 富田川の支流、岡川の上流部左岸にある。社叢はコジイ・ウラジロガシ・イチイガシなどの大木が鬱蒼と茂り、林床植生も豊かで、よく保全された森林である。森林は、岡川左岸の谷底から斜面上部にかけて細長く生育しており、谷は両岸が迫り、空中湿度も高く、シダ植物なども多い。

 

 森林は、高木層にコジイが優占し、ウラジロガシ・イチイガシ・ホルトノキ・イヌマキ・カゴノキなどをともない、亜高木・低木層にはタイミンタチバナ・サカキ・ヤブニッケイ・イヌマキ・カンザブロウノキ・イズセンリョウなどが目立つ。林床はホソバカナワラビ・アリドオシが優占し、ベニシダ・シュンラン・テイカカズラ・クリハラン等が目立つ。

 南方熊楠は「神林は本邦希有の天然木である。奇草異木多く・・・奇菌今も続々発見さる」と述べており、大木も多く鬱蒼としている。社叢は、県指定の天然記念物に指定(昭和49年)され、その説明に「ホンゴウソウ・ウエマツソウ・ムヨウランなどの腐生植物も多い」と書かれているが、近年、これらの植物は見られない。最近の台風被害などで倒木も多く、やや乾燥が進んでいるためと思われる。

(2)八上神社(岡)
 

 八上神社は田辺市三栖から高畑山北側山麓の峠を越えてきた山脚部にある。社叢は、よく保全されたコジイ林で、社殿裏手の斜面に生育している。林縁の斜面下部にはイチイガシの大木が多く生育している貴重な森林である。イチイガシは東海以西の山麓に生育するとされているが、開発で姿を消し、紀南でも神社林などに見られるにすぎない。上富田町では、岡川八幡・稲葉根王子・日吉神社(生馬山王)・大宮神社(生馬)・篠原などにも大木が見られるが、八上神社では多数がシイと混生しており、町内でのイチイガシ林成立の証拠と見られる大変重要な森林である。

 社叢はコジイ林で、ヒメユズリハ・モチノキ・クロバイ・イヌマキ・クロガネモチなどをともない、低木層にはタイミンタチバナ・ミミズバイ・サカキ・イズセンリョウなどが優占し、林床にはベニシダ・ヤブコウジ・アリドオシ・シュンラン・テイカカズラなどが目立つ。イチイガシが混生する林分にはヤマビワも見られ、林床にはツルコウジが多い。また、低木層にはルリミノキ・ミサオノキなども生育しており、よく保全された良好な森林である。

 熊楠は八上神社の社叢について「シイノキ密生して昼なお闇く、写真をとりに行きしに光線入らず、社殿の後よりその一部を撮せしほどなり」(松村任三への書簡・明治44年)と書いている。しかし、現在の社叢はシイなどには巨木は見られず、全体的に細く、胸高直径30〜40cm程である。おそらく、神社合祀の頃に伐採され、再生したものと思われる。これは、八上神社だけでなく、町内の神社林全体にも言えることである。

 (3)春日神社(市ノ瀬)
 

 春日神社は、市ノ瀬の富田川右岸、竜松山・竜巻城のある丘陵から派生した小山の麓にある。神社境内にはクスノキの巨木があり、社叢は背後の丘陵に生育している。

コジイが優占する森林で、亜高木・低木層にはサカキ・ミミズバイ・タイミンタチバナ・モチノキ・ヤブツバキなどが目立ち、クチナシ・ルリミノキ・マンリョウなどをともなう。林床にはイズセンリョウ・アリドオシ・ベニシダ・テイカカズラなどが見られる。また、ヤマモモの大木やホルトノキも見られ、低木にミサオノキ・ルリミノキ・カンザブロウノキなども多く見られる良好なコジイ林である。

ミサオノキは南方性の低木で、三重県では北限であたるとしてレッドデータブックに記載されているが、和歌山県では、北は清水町までの神社林などに点々と見られるためレッドデータブックには記載されなかった。町内では、八上神社・春日神社(市ノ瀬)・波切不動(岩崎)に見られるだけである。

ミサオノキ

ミサオノキ

  

タシロラン

タシロラン

(4)日吉神社(生馬山王)

 神社は生馬橋の下流、富田川左岸の丘陵下部に位置し、社殿裏手の森を切り取ったようにすぐ脇を県道が通り、周辺の森は荒れている。しかし、境内や社殿の周りにはイチイガシの巨木やコジイ・イヌマキ・モミの大木などがあり、イチイガシは町内最大で胸高直径123.1cmの巨木である。

 境内奥の方には小面積ながら、コジイ林が残っている。コジイの大木も多く、モチノキ・カナメモチ・イヌマキ等をともない、亜高木層にはタイミンタチバナ・サカキが多く、林床にはアリドオシ・ベニシダ・イズセンリョウなどが目立ち、ツルコウジも見られる。しかし、やや乾燥しており、組成的には単純なコジイ林である。

(5)大宮神社(生馬大宮)

 神社は、富田川の支流、生馬川中流の右岸にあり、道路から階段で少し上がった所に社殿がある。森は社殿を囲むように残っており、面積は小さいが、シラカシが多く生育している貴重な森である。シラカシは紀南には少なく、町内では厳島神社(汗川)と、この大宮神社に樹木がある程度で希少な群落である。

 カゴノキが多く、かつてはイチイガシの巨木もあったことなどから、シラカシ・イチイガシ・タブ等が混生する内陸谷部の森林が生育していたものと考えられる。

 コジイ巨木(篠原八幡神社)
 コジイ巨木(篠原八幡神社)
6)矢倉神社(生馬篠原)

 神社は生馬川の奥、篠原の谷間にあり、社叢は鬱蒼としている。コジイ・クロガネモチ・イヌマキなどの大木が残り、よく保全されたコジイ林である。高木層にコジイが優占し、イヌマキ・ヒメユズリハ・モチノキなどをともない、亜高木・低木層にはタイミンタチバナ・サカキ・カナメモチ等が目立ち、林床にはイズセンリョウ・センリョウ・マンリョウ・アリドオシ・ハナミョウガ・ホソバカナワラビ・ベニシダなどが目立つ。樹幹にはフウランやムギランなどの着生も見られる良好な森林である。

(7)篠原八幡神社(生馬篠原)

 神社は生馬川の最奥、矢倉神社のさらに上流の源流域にある。山がせまる谷底に位置し、コジイの巨木もあり、鬱蒼としている。コジイ林であるが、ウラジロガシ・ツクバネガシ・アセビ・ウンゼンツツジなどのカシ林要素を混生する内陸型のシイ林である。林床には、ヤマアイ・クリハラン・イワヒトデ・キジノオシダ・ジュウモンジシダ・コバノカナワラビなどシダ類も多く、よく保全されている。

(8)その他の神社林)

 田中神社(岡)は、岡平野の水田の中にポツンとあり、すぐ横にはオオガハスの蓮田もある。立地的にはタブ林であるが、タブノキはなく、森林は空洞化して小さく、乾燥している。高木にクスノキの大木や、アラカシ・コジイ・イヌマキなどが社殿を囲むように生育しており、林内にはアリドオシ・テイカカズラ・ヤブコウジなどが目立つが、メダケも多く混生しており、森林としての形態は失われている。南方熊楠命名のオカフジが有名で、太いオカフジがクスノキの大木などに巻き上がっている。

岩田神社(岩田)

 県道脇の石段を少し上がった所にある。石段と社殿を囲むようにクスノキの巨木や樹林が残っている。石段横のクスノキは巨大で町内一の大きさである。ヤマモガシ・イチイガシ・ホルトノキ・カゴノキ・クロガネモチなども生育しており、組成的には本来の自然林の要素が残る貴重な樹林である。

厳島神社(汗川)

 市ノ瀬汗川の源流部にある小さな祠だけの神社であるが、祠を囲むように背後にシラカシ・コジイ・クロガネモチなどが数本生育している。町内で、シラカシ群落は大宮神社(生馬大宮)とここだけの貴重な樹林であるが、周辺の人工林が大きくなって被圧され、衰弱している、

虫逐さん(生馬)

 生馬橋右岸の下流すぐの田んぼの中に取り残されたようにある小さな神社である。エノキ・クロガネモチ等の大木が数本残るだけであるが、これも昔の自然を知る上で貴重な樹林である。

春日神社(上田熊奥)

 田熊川の奥にある。小さな祠を囲むように樹林が残っており、イスノキ・カゴノキ・コジイなどの大木が生育している。イスノキは町内にほとんど見られず、かつての自然林を知る上で貴重な森と言える。また、すぐ隣の祠には、タブノキの大木や、イスノキ・クロガネモチ・アラガシ・ケヤキなどの大木が数本一体となって外観は一本の巨大なタブノキのようにも見えるタブの森である。県下的にもタブ林はほとんど残っておらず、町内唯一の貴重なタブの森である。

鳥淵神社(生馬)

 生馬川右岸鳥淵の県道沿いにあるが、最近、道路の拡幅工事によって大きく切り取られ、社殿と数本の樹木を残すだけとなった。ヤマモガシ・コバンモチ等をともなう貴重なコジイ林であっただけに残念である。

地主さん(生馬篠原)

 篠原の県道沿いに小さな祠があり、最近の道路拡幅でもかろうじて伐採をまぬがれた。周囲にイチイガシ・イヌマキ・クロガネモチ・ヤブツバキなどが数本残るだけであるが、いずれも大木で、立地的・組成的にもイチイガシ林の成立を裏付ける貴重な樹林である。

 以上、主な神社の森を紹介してきたが、現在の神社林の樹木には巨木が見られない。全体的に細く、いずれも同様の大きさである。かつての原生林を構成していたと考えられる樹種に巨木が見られない。おそらく、神社合祀の明治末期頃から伐採され、その後に再生したのが現在の社叢と思われる。したがって、本来の自然林に生育していた構成種が欠落している可能性が高い。組成的にも単純で、やや乾燥した森となっている。かつては、神社林だけてなく、町内全体が巨木の森に覆われていたはずである。