●上富田町の年中行事  

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 オバナチ
 オバナチ持ち  オバナチの輪

  岡の八上神社の祭礼で、和装の少女がオバナチという米の粉の餅を頭上で運んで、神前に供える役をするのは、古いかたちを伝えていて興味深い。

 西行法師の八上の桜の歌と、『西行物語絵巻』のここで歌を書きつける場面で知られる八上王子は、熊野九十九王子の多くが廃社になっているのに、旧岡村の村社として祭りつづけられてきた歴史をもつが、県文化財指定の獅子舞もあり、特色のある祭礼が見られる。

 ここの祭礼は、以前は旧暦九月九日であったというが、いまは十一月二十三日に行われる。当日雌雄の獅子を先頭とする渡御行列に、御幣を持った男子とオバナチを捧げる女児が重要な役として参加する。御幣は、上部に日の丸の扇子を二本飾ったものである。

 一方オバナチは、六十センチ四方位の木箱に、白米の粉でつくった重ね餅にお洗米を添えたものを載せ、白粉で化粧し額と頬に紅をつけ、きれいな着物を着た少女が、頭上にわらで作った輪を載せ、その上に戴いて運び、神前に供えるのである。この少女をオバナチ持ちという。

 オバナチの意味は不明であるが、国内の他の地方の例からして、米の粉でつくった神饌の餅をハナモチと言い、それに丁寧語のオがついてオハナモチとなり、簡略化されてオバナチとなったものかと考えられる。

 現在、神饌を頭上で運ぶという例はたいへん珍しいが、女性の頭上運搬(ふつうイタダキという)そのものは、明治のころまでは大辺路の周参見や安居あたりでも見られたし、熊野川上流の本宮町近辺の奥地にも残っていた。時代をさかのぼれば、紀南地方でもある程度広がっていたのかもしれない。

 岡のオバナチ持ちは、そうしたイタダキの風習の名残かどうかは分からないが、神聖な供物を頭上で運ぶということは、古態を残しているといってよいであろう。