●上富田町の森林 

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5.森林と環境

 これまで紹介してきた自然林や、神社林・巨木などから上富田町の本来の森林の姿を推定すると、以下のようであったと考えられる。

 低地や平坦地には、タブ林が生育し、オガタマノキ・クロガネモチ・ホルトノキ・カゴノキ・クスノキなどの巨木がこんもりと茂り、その中にイヌマキ・スギ等の針葉樹も高く突出した樹冠を広げていた。それに続く、山脚部や斜面下部にはイチイガシ・シラカシなどの森が鬱蒼と枝を広げ、イスノキ・ホルトノキ・コバンモチや、コジイ・モチノキなども混生していたであろう。そして、丘陵一帯にはコジイ林が広く生育し、丘陵上部や尾根にはスダジイの巨木の森が黒々と茂り、アカガシ・モミなども混生していたと考えられる。モミは最近の調査や聞き取りによると、標高300m付近かなり低い地点まで生育していたと思われる。したがって、シイ林にも、スギ・イヌマキ・カヤなどとともに混生していたのではないかと考えている。内陸部の谷斜面では、イチイガシ・タブノキ等の森に、ウラジロガシ・ツクバネガシ・シラカシなどのカシ類や、スギ・イヌマキ・ツガ・カヤ等の針葉樹も混生していたと思われる。そして、尾根筋にはヒノキ林も見られ、ツガ・モミ等の針葉樹や、ウバメガシも混生していたであろう。 

 これらの原生林は、現在のように単純な組成ではなく、多くの樹種が混生し、林床にはシダ・ラン等も多く生育し、林内にはツル植物や着生植物・腐生植物が多く、鬱蒼として昼なお闇い森だったと思われる。

 このような原生林が大地を覆い、水源を養い、川や海を潤し、生命をはぐくんできたのである。ところが、今日では、川の水が干上がり、山崩れや洪水が多発する。それは、単に川の水量が減り、水資源が枯渇すると言うだけではなく、川の水質や生物にも影響し、海の生態系にも影響するのである。水源の森が荒れれば川の水量が減って干ばつになり、大雨が降ればすぐに増水して洪水になるように、干ばつと洪水は裏腹の関係にあるのである。そして、これらのことは広く温暖化等の地球環境全体にも影響しているのである。

 このように見てくると、地球環境や生物(人も含めて)の永続を維持するためには、全ての生態系・環境の根源である自然林の存続が最重要と考えられる。したがって、森林(山地)の利用・開発は必要最小限にとどめ、現在残っている自然林(二次林も含めて)は伐採せずに、さらに自然林を回復し、保全してゆくことが大切である。

   

参考文献

水野泰邦 1974:田辺・西牟婁地方の社寺林U 田辺文化財、31-39.田辺市

水野泰邦他 1974:和歌山県の社寺林調査 「森林・第1号」、119-170.財団法人土井林学振興会・

 緑地研究会、東京

宮脇 昭・奥田重俊・望月陸夫編 1978:日本植生便覧、850p.至文堂、東京

服部 保・中西 鉄 1983:日本の照葉樹林の群落体系について 神戸大学教育学部研究集録、

 71、123-157

水野泰邦 1992:上富田町の森林植生 上富田町史 史料編下、160-219.上富田町史編纂委員会

山中二男 2001:日本の森林植生(補訂版)、223p.築地書館、東京

執筆  水野泰邦(上富田町市ノ瀬)

南紀生物同好会副会長

和歌山県自然環境研究会副会長

元和歌山県立熊野高等学校教諭